大きく宙に描く黒髪がゆるく靡き、黒のスレンダードレスの下で、かつん、と靴が鳴り、「似合ってる?」と笑いかけられた。
「随分な趣味だな」
「褒め言葉?」
「ドレスなんか着て、パーティでも行くのか」
「そうね、」
「結婚式だろう」
「大正解」
あなただって、と紫色の唇から女が薄い笑いを零し、それから、いいえ、と首を振って無言で手を伸ばした。
「黒は、お嫌い?」
「君は、似合いすぎる」
腕に収められた手を軽く払いのけた。彼女のこちらを一直線に見据える視線は一瞬の隙も無く、「エスコートは?」と笑う笑みも、血の通った暖かさは皆無であった。
「君が男を頼るとは思えないが、」「ええ、だから」今日はね、と悪戯に腕をつかむ女を見て、彼女の手の中に自身の命が握られた、と錯覚し、それなりに覚悟を決めたつもりであったがこの女、非常に扱いにくいと思った。
「ウェディングドレスは、何色なんだろうか」
「貴方が嫌いな色」
「それは、個性的だ。確かに君に純白は似合わない」
作り笑いを浮かべ、そうして彼女は腕に力を込め、周りを見渡すとそこは深夜の田舎町である。レンガ造りの、古風な建物が囲むようにしたひとけの無い大通りの真ん中で、ぼんやりと切れ掛かった青白い街頭がゆらゆらと蠢いていた。
「ジャン、を呼んでいるの」
「残酷だな、君は」
「いいえ、全然!」
今度は強く、腕を払った。彼女は諦めたようにするりと腕を放し、そうして空を見上げ、町並みを懐かしむように目を細めた序に「良いところ」と呟いて、彼女の背中をゆっくりと追いかける俺の視線に軽く微笑み、たまらず俺が、マニュアルどおりだ!と大声で叫ぶと、女の顔から一瞬表情が消え、そして「悲しそうな」目つきで俺を見た。虫唾が走る。
「わたしの部下に、会わせてもらえないかね」
「どうしてそんなことを言うの」
「会って、話をしたいんだ」
女は小さく溜め息をついた後に、目線を足元へと落として少しだけ目を伏せた。黒く、長い睫が白い肌に濃く浮かび、それから俺が何も言わずに彼女の隣から真正面へと移動したのを一瞥して、あきらめたように軽く頷いて、あたりを一周する建物のうちの一軒、上品な家の陰から奴を連れてきた。まるで、妬かせるかの如く、彼女は俺にしたのと同様に彼の腕を抱き、そうしてあいつは上司の前で遠慮も知らず、どさりと彼女の肩に頼りなくもたれかかった。
「ほんとうに、残酷なことをするね、君は」
「それは、あなたのこと?」
三人でパーティを、結婚式の続きね、と女が計算高く笑った。


「残念だが、君とは趣味が合わないようだね」
俺は女の腕を自身の方へ引き寄せた。彼女は咄嗟の出来事にバランスを崩し、どさりとこちらに倒れ掛かり、腕に抱いていたあいつも同じように引き寄せられ、彼女のその血の気の無い顔に少しだけ驚いたような表情が浮かんだ。
「なにを言ってるの」
「純白のプリンセスドレスが、俺を引き立てるんだ。俺より目立つ装いは止めたまえ」
「ナルシスト、」
「褒め言葉かね。黒は嫌いだが、自分は好きだ」
彼女は地面へ仰向けに倒れ、そこに覆いかぶさった俺は苛立たしく幾度とそれを燃焼させ、女は耳障りな大声で周囲を憚ることなく叫び狂い、赤い洪水と火の粉が全て闇に溶け込んだ瞬間、俺は足の下で動かなくなった女の肉を踏みつけながら絶叫した。
女の隣で倒れこんでいたハボックは、彼女が連れてきた瞬間から何も変わっておらず、強いて言えば、彼女の手によって刻み込まれた夥しい傷口は最早血液を放出するのを諦めたように赤黒く染まり、そうして血の気の無い彼の表情と彼女の表情は異常なまでにマッチし、華々しく最期を飾るのだ。赤黒い肉の塊と化した部下にも、焼けた残骸にも、あの、人の心臓をわしづかみにするような鋭い眼光は宿ってはおらず、肌の色も、髪の色も彼らの生前の面影を残すものは何も無かったけれど、ただ、

彼の手はさいごまで女の手に握られていた。