俺は軍人が嫌いです。
朝、まだ眠たい目を擦りながらテーブルにつくと少しだけ目が腫れていた母親の姿があった。
聞けば、昨夜父親が人手不足のために戦争で出かけたと、そう泣きながら言われた。
その頃俺は、戦争なんてそんな言葉は勿論自分の語彙として持っても居なくて良く分からなかったけれど、子供の前で滅多に泣かない母親が、初めて涙を見せたのだからそれはきっととても哀しいことなのだろう、と幼心にも分かってしまった。
後に、俺は父親が戦死したことを知る。
母親は、毎晩のように墓にしがみ付くようにして泣いて、それからたった一年後、持病が悪化してまるで彼の後を追うかのように亡くなってしまった。
俺は戦争が嫌いです。

「……これで、満足?」
目の前の、目にしみるような蒼い軍服がちらちらと視界へ入り込む黒と蒼の男が、なにゆえに君はそれほどまで戦争を毛嫌いするのかね、と訊いてきたので、俺は今、適当な作り話をして、そうして男はその作り話を聞いて満面の笑みで座っている。
「君の話ではないね。鋼のの父親はまだ、生きてる」
そうだよ、と返事をするのも面倒で返した言葉に男はさびしいんだね、と付け加えた。しかし、残念なことにそれは間違いであった。なぜなら俺は、現状に特に不満を持っているわけでもなく、自業自得から消え去ったものを取り戻そうと躍起になっているが、それを特別悲しいと思っているわけでもない。自分自身の責任である、と自身を戒め、他人に依存しようと思うことなど一切ない。さびしいだとかそんなマイナス感情は現在の俺に不必要であるのだ。けれど、
「君の話す話は全て父親が出てくる」
けれど、ああ、見透かされていると思った。
男の言葉に、「父親なんて、」と睨みつけても、やつはそれさえも気にしないかのように、或いは認めているかのように笑みを崩さずに、「それはね、」と指を折り始め、「この間してくれた話は母親が行方知れずの父親を探す話で、この前のは子供たちが父親に会う話だ。そして随分と前は」とだらだらと鬱陶しく語り始め、それから、男は言葉を切った。ぐるぐると視線が泳いでいるのを見ると、必死に思い出そうとしているのだろうか、ああ、なんてまだろっこしい!
「ずーっと前は?」
促す俺に、奴は得意そうに鼻で笑って、勿論分かっているよと呟いた後に「父親の話じゃなかったんだ。夫婦の話ではあったけれど、その夫婦には子供が居なかった」と得意満面!よくもまあ、こんなくだらないことを覚えていられるのだろうかと思う。自分でもそんな話を言ったかどうかも分からないのに、この男は、俺本人よりもずっと俺に詳しいのではないかと思うと、ひどく、酷く気持ち悪いきもちわるいきもちわるい。
「そんなの覚えなくても良いよ。くだらねえ」
「くだらないか」
「くだらねえ」
男は少し思案して「そうか、」空気が振動。「じゃあ一つ質問をしよう」と続けて、「一体何がくだらなくなくて、何がくだらないのか」という声が執務室の中に響き渡り、一方俺は質問の意味が一瞬分からず、え、と怪訝そうに見上げたのを男はいたって真面目な顔で見返し、「私にはそれが分からないんだ」と、まあ、珍しく弱音を吐いたのである。そんなもの俺に、分かるわけがない。頭に浮かんだ言葉をそのまま、「生きるのに必要ないもの」と呟いてみれば、男はああ、と恰も納得したかのように頷き、俺も良くわかんねえ、と言い訳すれば男は頬杖をつきながら、私なんかもっと分からないよとこぼしたそれが、まるで子供のようだと思った。
「君がくだらないと言うことは、私にとって生きるために必要なことであるのだろうか」
「何、お前寂しいの」
この男は今、寂しいのだろうか。こんなにも笑顔でへらへらと笑っているのに、心の中は孤独で冷たいのだろうか。
「どうして、私が寂しいと言えるのかね」
話を中断されたのが気に食わないのか、眉間に皺を寄せる男をちらりとみて、「さっきからお前、連呼してたから」と言ってやって考えた。信頼しあえる仲間も居て、それなのに男は孤独なのだろうか。
「この間も、そういや寂しいって言ってたよな。君は寂しくないのかいとか、なんとか俺に言って」
驚く男にお構いなしで、俺は思い出せる限りの彼の言葉を思い出す。一端思い出してみれば、それはメモにもとっていないのに、つらつらと容易く出てくるのだ。嗚呼、先刻、先ほどの男もまったく同じようなことがあったのだろうか。それとも、俺が男と同じように孤独で、そして寂しくて父親を求めているから、生きるのに必要だと感じてしまうからなのだろうか。
「鋼のは記憶力が良いね。ただし、それはとてもくだらないことだ」
「くだらないか」
「ああ、くだらない」
そう言って、男は静かに目を伏せた。最近どうも疲れていてね、とまるで弁解するように答えた男の腰には沢山の傷跡のついた拳銃が、そして彼の手には沢山の痣が残っているのを見た。
「俺、あんた嫌い」
人を殺す道具を見て、俺は嫌悪感を露にそう言えば男は伏せていた目を開けて静かに笑った。
「私も嫌いだ、鋼の」

そうして、男はもう一度笑っておそろいだね、と確かに俺に言ったのだった。しね!