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男は、淹れたばかりのダージリンを口に含みながら横に居る小さな子供へとちらちらと視線を移した。陽の光に眩しいハニーブロンドの子供は、せっかく入れた紅茶に見向きもしないで抱えた本の文面を一心不乱に目で追っている。 「いい加減、紅茶が冷めてしまうぞ」 「……」 案の定というかなんというか、やはり返事は無い。これも、人並みはずれた集中力の持ち主の彼の性か、と自らを納得させてマスタングはストレートティーをもう一度口に運んだ。しかし――せっかくの休日、しかもこんな晴れた日に一緒にすごせる機会など滅多にないというのに。嗚呼窓からサンサンと降り注ぐ陽はなんて綺麗なのだろう、とぽつりと呟いた己の声が部屋中に反響して虚しかった。静寂の中、時折はらりとページをめくる音だけがやけに大きい。子供の前では、気を紛らわそうとつけたラジオの声が雑音にしか聞こえなくて、それでもこの静寂を嫌っている自分が居ることに、マスタングは少なからず気づいていた。彼は気づいていないのだろうなと思う――自身がこうして本の世界に没しているときに傍らにいる者が感じるわずかな淋しさのようなもの、を。そして、その淋しさを紛らわしつつもその集中力の邪魔をしたくなくて精一杯の気を使っていること、も。そのせいで昼食や夕食の約束を不意にされたことが一度や二度ではないにしてもだ。 「日曜日だぞ、鋼の」 聞こえないと分かっていても、つい。 「……」 なんだか情けなくなってため息が漏れた。おそらく――目の前に居るのがそこらにいる女性だったとする。彼女達は、一秒の間も惜しんでまた、今のこの自分のように静寂を嫌い、いらんことにも気を回すのだろうか。そうなのだとしたら、ああまったく、これは惚れた弱みというやつなのだろうな。いつもは自分でも良く分からない微笑を顔に浮かべていれば、女は勝手に酔ってくれる。だが、この少年の前でそれは全くの"無能"と化す。あの手厳しい補佐官の言葉が頭をかすめて、マスタングは苦笑した。そう、自分はこの少年に敵わないのだ。それは、地位も年齢も彼よりも上だけれど、そんなことではなくて「なにか」が。その「なにか」がどういうものかは、上手く言葉にすることはできないけれど…自分を惹くものは間違いなくそれなのだと思う。嗚呼と、もう一度呟きながらマスタングは手にしていた紅茶のカップをテーブルの上へと置いた。それにしてももう数時間。そろそろこちらに引き戻しても差し支えはないと思うのだが。 マスタングは、溜め息をついてエドワードが目を落としていた本を取り上げた。カップの中の紅茶が少しだけ波打つ。 「っ…あ!」 やっとこちらを向いた瞳が、一瞬驚いて、一瞬で不機嫌になった。 「折角今良いとこだったのに」 普通ならば上司に言うことの出来ない暴言などを容易く吐く子供の前で、マスタングは眉を顰めて本をカップの横に並べておいた。 「それはこっちのセリフだよ」 済ました顔を作って子供に言ってみせる。 「今日はこんなに良い天気なのに、本で終わらせるのは勿体無いと思わないか」 「…天気?」 首をかしげてそこではじめて子供は目を射る日にうわ、と声を漏らした。なんと、子供は今までこの晴天に気づいていなかったと言うのか! 「…まったく、君の集中力には恐れ入るな」 「うるせー無能」 皮肉たっぷりに言えばすぐに飛んでくる悪態。それだって独り言を言っているよりは断然いい。あぁ、今日は日曜日。ラジオからの天気予報を耳にしつつ、マスタングは椅子を引いた。 「君が本を読んでいる間にもうすっかり日も昇りきってしまったよ。せっかく取れた休暇だと言うのにな」 それでも尚、この子供の傍に俺が居た、それだけで。 「この埋め合わせはきちんとしてもらわないとな?」 にっこりと笑って見せると、あからさまに不機嫌な顔をする子供。けれど、私は君が傍に居るだけで良かったんだ。 「しょうがねぇな」 それでもどこか、しおらしさの滲む言葉が微笑ましい。大丈夫、日曜日はまだ残っているから。そう、日の沈んだ後にでも。 「ディナーに付き合ってくれるかね、鋼の。何分独身は寂しいものでね」 「わかったよ、夕食くらいは淋しい大佐殿に付き合ってやるよ」 ありがとう、そうマスタングは呟いて日曜日の午後を後にした。 日曜日、柔らかな陽の光。こんなに天気がいいのだから、夜はきっと満点の星空が見られるだろう?そんな休日も悪くない。 君と。 2006/12/9に密かに開催された憂さんとのチャットのログより そのチャットで"日曜日/増田/豆"の3単語しか考え付かなかったという発案者の私。(←ポカポカ でも様々なお話が出来て楽しかったです。有難うございました。 またお時間がおありでしたら是非チャットやりたいです。 |