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「一緒に帰りましょうか、」今朝方、たまたま同じ電車に乗って、たまたま本の角が俺の目に入って、たまたま彼女が同じ学校に通う一歳年上だったために起こった出来事は、本当に事実なのだろうか。彼女は確か、引退するまでは生徒会長として学校中に名を広め、教師からも、生徒からも信頼が厚く、眼鏡におさげ、風紀は一つも乱れておらず、成績優秀、スポーツ万能、まさに学校の鑑と言うべき存在であった。その完璧人間が今、目の前で一変して微笑んでいる。以前と比べると、短く切られた髪は軽い天然パーマなのか、くせっけなのか、ストレートではなかった。少しだけ茶色っぽくなったやわらかい髪の前髪はほど良い長さで切りそろえており、一年前の「真面目な」彼女の面影はすっかり消えてしまい、今では「何処にでも居る普通の」女子高生となってしまった。それが、酷く俺を落ち込ませた。真面目な風貌をしていることは、いわば、彼女のアイデンティティと言うにも相応しく、その彼女の姿を密かに憧れていたのだ。一個人の意見として言わせて貰うと、はっきり言って今の彼女は似合っていない(と思う)。 「それより、」ここで言ってしまおうと、「随分と雰囲気が変わりましたね」 俺の前を歩いていた彼女は、一瞬だけ立ち止まって、それから俺を振り返ることも無く「前、と?」と首をかしげ、彼女の持っていた恐ろしく薄くなった鞄は少しだけ揺れた。 「前は、髪が長くて、とても印象的でしたから」 「生徒会長を辞めて、心機一転したかったの。それより、」 また、立ち止まった彼女にぶつかりそうになって、俺は慌てて後ろへと避けた。 「今日の放課後、一緒に帰りましょうか」 「どうして、」 「先ほど、わたしが貴方に迷惑をかけたようだから」 「あれくらい、迷惑のうちに入りませんよ」 それと、色々とお忙しいでしょう、と付け加えると、彼女は眉を顰めて、明らかに俺に対する嫌悪感を表した。「わたしが忙しくなかったら、良いの?」「それは、勿論、」「じゃあ、」彼女はひらりと前を向いて歌うように「貴方は、わたしと一緒に帰るのね」と笑った。 放課後、俺の教室の前で当然のように微笑んで立っていた彼女に驚いてしまった。「今朝方の約束、覚えています?」すっかり忘れていた。部活の後に、友人と遊ぶ約束をしていたことに気がついて、俺は狼狽した。彼女は恐らく、人との約束を破るようなことを非人道的だと考えているほうの人間であろうと、俺は推測するのだ。ヒステリック、である。 「あの、今日は少し、都合が悪くて」 「どうして?」眼鏡を外し、カールした睫の影から、仄かに化粧品のかおりがした。「わたしが忙しくなかったら、良いのでしょう?」 「部活があることを、すっかり忘れてしまっていたのです」 「わたしが待っていれば、」 「貴方を待たせるわけにはいきません、」 「何故?」 本音を飲み込んで、咄嗟に古臭い演技をした。「貴方が、生徒会長だったからでしょうか、」 「おはようございます」 昨日の朝、聞いた声と同じ声が背中にかかる。ああ、今日も、と落胆しかけた俺の肩を、彼女はポンと叩いて、 「一緒に行きません?」 「いい加減に、」地面から顔を上げて視界に入ってきた彼女を見て、俺は酷く驚いてしまい、残りの言葉を言うのも躊躇われて、気づかれないほどに一瞬だけ確かに硬直した。しかし、彼女はその俺の反応に気づいたのか、恰も楽しそうに笑い、「ねえ、」と腕をつかまれたら、もう、言い返すことすら出来なくなってしまった自分をただ、憎むしか無かった。 「変わった?」 微笑まれる。昨日とはまた、違った笑顔だったことに気づいてはいたけれど、俺はいたってポーカーフェイスを気取り、仕方なく頷いただけで、その反応が彼女にとってあまり面白いものではなかったらしく、ただ笑って腕を離した。俺は楽になった腕に鞄を下げて、目の前で真っ黒のストレートヘアを風になびかせる彼女の背中を見て、それから独り、ため息をついた。 |